北海道の田舎町、遠軽町でゆうべ、殺人事件があったらしいです。学田に住んでいる女の人が、自分の息子ふたりを窒息死させたらしいです。らしいというのは、直接見たわけでなく、リアルタイムで聞いたニュースでもないから。

世の中犯罪が尽きないわけですが、こうも身近に凶悪な事件があるものかと、改めて実感しましたね。

大体、人を殺そうと思うことは、すでに正気じゃないんです。そりゃあ、いてほしくない人とか、いても当然でしょう。でも、死んでほしいとまで思ったことはありませんよ。

相手にだって、相手の心があります。人の心を、本人の断りなく消してしまったりする権利はないんです。たとえ本人が許したとしても、その人の親が許しませんよ、きっと。命って、自分の考えだけで動かせるものじゃないんです。その時の気分だけで作ったり、消したりできるものじゃないんですよ。コンピュータのファイルとは違うんです。作って、気に入らなければ消す、なんてことできません。

名前だってそうです。親が頭ひねって考えてつけてくれた名前、本人が気に入らないからって勝手に簡単に変更手続きをしてしまうのって、どうでしょう。賛成できません。もし変更するなら、元の名前をつけてくれた人たちを納得させる名前を考えましょう。ひとつたりとも無駄にするべきじゃないんです。もともとあるもので、無駄なものなんてないはずなんですから。

どんな理由があったとしても、人を殺すなんてことはしちゃダメなんです。そんなの子供でもわかっているはず。じゃあ、なぜ人を殺してはいけないの? その答えは簡単です。死にたくないから。それに、生きているということは、生きているうちにしかできないことができるんだ、ということです。やっぱり、人には心があるんですよ。心があるということは夢を持てるということで、それは生きていなければかなえることはできません。だから、死んで極楽へ行きたいなんてのは夢じゃないんですよ。死んでからの話は、言ってみれば絵に描いた餅。かなうかどうかなんて、わからないんです。誰も、確かめたわけじゃありませんし。

今回は、母親がふたりの息子を殺してしまったわけですが、いかなる理由があろうとも、人を殺すということは許されがたいことなんです。ましてや自分の息子、腹を痛めて産み、愛し育てた子供たちですよ。子供はもちろん、結婚もしていない自分には理解しがたい話です。

もともと、人間ってのは微妙なバランスの上に成り立っていると思うんですよ。で、どちらかに寄ってしまうとたちまち崩れ落ちてしまう。そんな儚い生き物だと思うんですよ。だから、精神的にまいってしまう人が多い。きのうまでなんでもなかった人が、きょうは突然おかしくなってしまった。そうなる可能性、日常的に散らばっていて、決して珍しいことじゃないと思います。

けど、人を、ましてや家族を殺めちゃあいけませんよ!

2006年12月11日 月曜日 20時49分

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