きょうじゃないんだけど、毎回思っていることです。コンピュータ関係かと思いきや、自分の考えばかり書きそうなので私見ですね。

たまにインターネットのチャットをすると、自分より年下の人と話すことがあります。初めての人だと必ず、簡単な自己紹介から入るのですが、そこで 374 で とか言われることがあるんです。どういうことかというと、さんなし、つまり呼び捨て (呼びつけ) でお願いします、ってことなんですね。

374 を勧めてくるのは十中八九、小中学生だったりするわけです。彼らは呼び捨てって言葉を知らないんでしょうかね。語彙力に乏しいゆとり世代ですね。

その後の会話では必ずタメ口を叩いてきますね。知り合ったばかりで顔も見たことない人に、いきなり親しげな話し方をされたら戸惑いますよ、普通は。しかも、こちらはそれを許したわけでもなく、一方的にですからたまりません。たとえそういう話し方を許したとしても、相手のことを敬う心ってのを忘れてはいませんか?

多分、誤解しているんだと思います。相手の名前に敬称をつけて呼ぶのは、相手のことを目上だと認めて従わなければならないとでも思っているんでしょうか。ただ、自分以外の人間を自分と対等に扱おうと思ったとき、自然に名前に添えて出てくるのが敬称なんだと思うんですが。

決して、年上が偉いとかそういうんじゃなくて、相手のこともよくわからないのに呼び捨てで呼ばせるという感覚が、ちょっとわからないんですよ。実際に 俺のことは呼び捨てでいい なんて場面は、そうあるわけでなく、ほとんどの場合敬語と敬語のぶつかり合いなんですよ。

これは小中学生にはわからないかも知れませんが、社会に出たら全方向に自分と同じか、それ以上の力、知識、経験を持った人たちが大勢いて、まだ何も身につけていない自分が一番弱いんじゃないか、って思っちゃうんですよ。そんなときも基本となる言葉遣いさえしっかりしていれば、世間の風はそんなに厳しくならないはず。苦境を、持ち前の明るさで切り抜けちゃう人とかもいますけどね。

やっぱり基本は敬語じゃない? と思って調べまわってみたところ、行き着いたのが2ちゃんねるの年上だからといって敬語を使いたくないんですがというスレッド。結構な論議がなされているようで、というか数年前から……息の長いスレッドですね。

そういえば 親しき仲にも礼儀あり という言葉がありますが、最近は礼を欠く人が多いような気がします。普段から礼儀を知らないのに忘年会や新年会など、宴会となると きょうは無礼講だから と、普段以上に礼を捨ててしまう。捨てるための礼を初めから持ち合わせていないのに。

あまりしつこく礼だ礼だと言っていると儒教的な考え方だとか指摘されかねないので、この辺にしておきますがね。ただ、俺は宗教には疎いんで、そういう考えから影響を受けているとか、さらさらないです。

何にせよ、礼儀ってのは大切ですよ。自分自身、高校時代に弓道部に所属していたからだとか、そういうのもあるかも知れませんが。正直、それ以前の教育が問題なんじゃないかと。

人と人とがぶつかり合い、重なり合い、お互いに気を配りながら暮らしていくには、やはり基本となる人間関係が大切で、それには礼が必要なんだと思わずにいられないんですよ。

チャットの小中学生から始まり、礼儀を忘れた世の中の話になってきましたが、まあ、何がどうであろうと他人は尊敬していくべきだと思うし、迷惑をかけないための礼儀は不可欠なんだと思います。

人は自分ひとりで生きているのではなく、多くの人の助けの中で生かされているんですから。必ず何かの助けがあって生きているのは人間だけでなく、すべての動植物がそういう世界の理屈で成り立っているわけで、その上で人は人間らしい感情を持ち、人間らしく感謝して当然だと思うんです。

そういうことを思ったら、とてもじゃないけれど、チャットで初対面の人にタメ口を叩いたりできません。

2006年12月30日 土曜日 17時30分

© 2006-2017 小野塚裕也
トップ ページ